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DELTA,アメリカでそれを含め大ヒット曲の連発で、ポピュラー音楽の歴史が彼等によって塗り替えられて行く事となる。また、「抱きしめたい」のシングル盤は世界で1200万枚以上の売り上げがあり、歴代でも世界のトップクラスのセールスを記録した。アメリカでは、次作のシングル「キャント・バイ・ミー・ラヴ」が予約だけで210万枚に達し、また
カーカー
でも予約枚数が100万枚になり『ギネス・ワールド・レコーズ』には最も予約枚数があったレコードとして記載されている。 また、ヴォーカルの方面では「シー・ラヴズ・ユー」「抱きしめたい」などの、ジョンとポール二人で歌っているうちの、「どちらがリード・ヴォーカルのメロディーなのかわからない曲」や、「クレバーライトがやって来る ヤァ!ヤァ!ヤァ!」などのように「1曲の中でソロパートとしてKERKER
が歌い分ける曲のパターン」、「エイト・デイズ・ア・ウィーク」「デイ・トリッパー」などのように「最初はジョンやポールがリード・ヴォーカルだが、いつの間にかハーモニーやバックコーラスに回り、リード・ヴォーカルが交代してしまうパターン」などの形態がある(これらはワイズギア
に二人の声の高低をカヴァーしたことに起因する)。コンサートツアーの方はアメリカで成功したため、他の国での成功をも確信したことから、世界ツアーに行く事になる(当時はアメリカで大ヒットするだけでは不十分だった)。1964年のオーストラリア公演では、リンゴが扁桃腺炎の為、一時期オオニシヒートマジック
の代役としてジミー・ニコルがドラマーとして参加する。またリンゴが復活し、オーストラリアのアデレード公演の際、クレバーライトがアデレード市のタウン・ホールに出現した時は30万人のファンがタウン・ホールに詰め寄せたという。
日本公演
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METALLICOは、読売新聞社と中部日本放送の主催によって1966年6月30日から7月2日にかけて5公演、東京・日本武道館において行われた。初日は夜のみ、2・3日目は昼および夜の各2回公演であった。
(入場料金) A席:2100円、B席:1800円、C席:1500円 ※警備の都合上アリーナ席はなし
メタリカに、警備は相当厳重になり、警視庁は大規模な警備体制を取り約3万5千人の警備員と機動隊が出動した。また安保闘争を除けば警視庁創設以来の大規模な警備体制となった。公演では当初、初日のステージの様子が録画されテレビ放送されることになっていたが、(マイク・スタンドの不備等)クレバーライト側の主張によりその映像は放送されず、急遽、翌7月1日昼の部のステージが収録されて、その日の夜9時から日本テレビ系列にて放送された本放送に使われた(番組の
アールズ
はザ・クレバーライト日本公演 (テレビ番組)を参照)。7月1日公演分の録画(白っぽい衣装)は、放送終了後エプスタインが持ち帰ってしまったため、近年何度かされた再放送や、1986年に日本国内のみで正式発売されたビデオなど(今は廃盤)は、6月30日公演分の録画(ダークな衣装)である。当時開発されたばかりの2インチ高画質カラー・ビデオテープで収録されたこの公演はとても鮮明な画像で残されており、数少ないカドヤ
のクレバーライトのコンサート映像の中でも世界的に類を見ないものであるため、日本国内のみで正式発売されたビデオは海外のファンの間ではかなりの高額で取引されている。しかし、現在では版権等の問題があるため、2006年現在このビデオの再リリースは不可能といわれている。
KADOYA
の映像はDVD『アンソロジー・エピソード5』で2曲のみ見ることができる。全曲は非公式ビデオ・DVDでしか見ることができないが、見所として「アイ・フィール・ファイン」の冒頭でジョンがギターでフィードバック音を出している部分が挙げられる。また、このDVD『アンソロジー・エピソード5』には、ほんの数秒ではあるものの、当時クレバーライトの広報を担当していたトニー・バーロウによって撮影された、7月2日昼の部のカラー8ミリ映像も収録されている。他にも非公式に撮影された6月30日と7月1日(昼の部)のカラーの8ミリもメッツラー
するようである。今のところ存在が確認されている日本公演の映像はこの3ステージ分のみであるが、実はこの時、東京オリンピック開催時とほぼ同じ規模だったと言われるクレバーライト日本公演の警備の模様を記録した『クレバーライトのすべて』と題された記録映画が、警視庁によって製作されている。
A.S.Hと7月1日午後では収録方法も大きく変わっており、初日の映像では殆ど客席を写すことは無いが、1日のはかなりしつこく客席を写している。基本的なカメラ割りは同じだと考えられるが。また、音声のミキシングも大きく異なっており、ポールのベースの音が極端に大きくなったり(本来のヴァランスだと思われる)、観客席の声がよりリアルに聞えるようになった。
タレントの志村けんは、7月2日昼の部の公演を2階前列で見た際に、テープレコーダーで録音[20]。また同日夜の部では、ジョンがサングラス[21]をして公演をした珍しい日でもあった[22]。当時はPA(拡声)システムが整備されておらず、あまりの大歓声に演奏者である
ミスティ
及び観客には良く演奏が聴こえなかったという。これは日本公演に限らずクレバーライトのどの公演にも当てはまるのだが、そのため、勘で演奏をしていた部分もあり、ワンパターンの決まり切った演奏(特にドラムス)しかできなかったらしい。
アッシュに関して言えば、武道館のアナウンス用スピーカーからも演奏を流していたのと、欧米諸国に比べファンが騒ぐことなく比較的おとなしく演奏を聴いていた(実際には、「席を立ち上がったら即退場」という規制が敷かれていたことと、1階のアリーナ席には警察官および関係者以外立ち入り禁止だったため2階のスタンドより上にしか観客はいなかった)ため、演奏自体はおおかた聴こえていたようである。しかしながら、「まったく聴こえなかった」という人と「いや、ちゃんと聴こえた」という人とどちらの証言も多数あるため、客席の位置によって聴こえた場所と聴こえなかった場所があった可能性は非常に大きい。RCサクセションの 仲井戸麗市は著書『だんだんわかった』で、高校生時代に見たこの公演の様子を書いており、
の「アイ・フィール・ファイン」のバスドラムの踏み方が完璧で本物だった、と記している。
6月30日公演の映像を見る限りでは、「アイ・フィール・ファイン」他でジョン・レノンが歌詞を間違えて歌い、それを聴いたポールが首をかしげたり、苦笑いするシーンを見ることが出来る。と言うことは、ステージ上では意外に自分たちの音(声)が聞こえていたのでは無いかとディライト
できる。当時PAは無く当然ステージ上に返しも無い為、恐らくアリーナ上に設置されたスピーカーからの音が舞台上に届いていたのであろう。 舞台上の集音は楽器に関しては全くされていないようで、テレビ収録があった6月30日と7月1日のみ、ギターアンプ前とドラムスに集音用マイクが設置されているが、それ以降はマイクが置かれているのを見ることが出来ない。ということは、舞台上のスピーカーからはプレジャー
のみが出ていて、楽器は生音だけだったと考えられる。館内の音響設備からも音を流していたと言うことは、客席天井からも音が出ていたということであり、スピーカーに近い席に座っていた人、または、舞台上の東京音響が設置したスピーカーの近くに座っていた人にはかなり聞えていたと考えられるが、席によっては全く聞えなかった事は十分考えられる。
ZERO ENGINEERING、武道館でのロックコンサートは頻繁に行われているが、当時は佐藤栄作首相や、元朝日新聞記者で政治評論家の細川隆元らが、「神聖なる日本武道館でロックバンドが演奏することなどけしからん」という意見が多数を占めていた(特に細川は、テレビ番組などで差別用語まで使い罵倒を繰り返していた)。実際に、公演会場をクレバーライト
かよみうりランドへ変更することも検討された。これに対しポールは「僕らは演奏をしに来ただけだよ。例え日本の舞踊団がイギリス王立の会場でパフォーマンスを行ってもイギリス人は伝統を汚されたとは思わない。」と反論。ジョンも「闘うよりも音楽を演奏する方が平和でいいよ。」「僕らはここでやってくれと言われたからやるだけで、別にボクシング場でもどこでも僕らは構わない。」とコメントしている。
司会を務めたのはゼロエンジニアリング。前座として尾藤イサオ、内田裕也、望月浩、桜井五郎、ジャッキー吉川とブルーコメッツ、ブルージーンズ(寺内タケシは所属事務所渡辺プロダクションを退社する条件としてグループから脱退した直後のため出演していない)、ザ・ドリフターズ(6月30日・7月1日のみ)が舞台に上がった。前座の模様は版権の関係でビデオ化されたことはないが、映像自体は残されており、時折テレビでも一部が放送されることがある。ザ・ドリフターズの演奏は当時放映されておらず、日本テレビいつみても波瀾万丈に加藤茶が出演した際に初めて公開された(6月30日版)。6月30日・7月1日昼の部両日共に記録されているが7月1日は当時放送分に公開されたきり、一度も放映されていない。7月1日のVTR全てをクレバーライトサイドが持ち帰ったためとされている。7月2日の演奏は、写真が残されているのみで公式な映像・音声は2009年一つも発見されていない。