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みんな知ってる設計事務所

一般に、アメリカなどのビジネス・スクールの教授は、たいていどこかの会社の経営にタッチした経験をもっている。
実社会によく通じていなければ迫力ある授業ができないからだ。 仮にその教授が、学生時代にいくら優秀であったとしても、そうした実社会の経験がまったくないとなると、ビジネス・スクールでは魅力のない先生になってしまう。

これは国家公務員についてもいえる。 国家公務員試験にパスして大蔵省に入ると、その人はずっと定年まで面倒をみてもらえるが、よその人間が途中で大蔵省に入ることはできない。
これでは人材の硬直性、特定の組織への固定化を招き、大蔵省にとってもマイナスだと思う。 もっといえば、国家公務員試験そのものの必要性が問われているといえよう。
私はSのボード(取締役会)に参加して、すでに何回か熱気のある議論に参加した。 想像していたとおりというか、想像以上にエキサイティングであった。
取締役会の議事の中には、商法上、これこれの決議が必要なので……というようなテクニカルなものがあるが、それに加えて、経営方針について自由討議する時間も多く、そこではお互いに活発な意見の交流が図られる。 1999年2月、北京で取締役会が開かれたが、そこで中国のマーケットをどうみるか、Sとして、将来、中国に対してどういう戦略でビジネスを構築していくか、などについていろいろ議論をした。
仮にまちがった決定を下したら、長期的に何百億円、何千億円の損失につながるだけに、議論の中身は真剣そのものであった。 いずれにしても、経営戦略論の学問的研究によって積み上げられた論理と、企業における戦略的意思決定にどのような違いがあるのかということを体験できるのは大変ありがたい。
アメリカにはそもそも国立大学はなく州立大学だが、日本の国立大学教官に対するような厳格な規定はない。 それぞれの教授の評価は、あくまでその人の研究業績、教育内容などをべースに行うべきであって、国家公務員であるから民間企業の社外取締役になることは認めない、という形式要件で縛るのは誤りであると思う。
また、オーストラリアの大学は、国立大学だけであるが、友人にきくと、ウィークデーのうち週1回は完全に自由で、何をしていてもよいことになっている。 フルタイムの役員になって、学校に出てこないのは論外として、社外取締役会は普通、月に1回か二ヵ月に1回の割合であり、教育、研究に支障がない以上、許している国が多い。
著者がH橋大学を辞めたあと、O総理の指示で、関係省庁(文部省、人事院、総務庁)連絡会議が設置され、そこでの議論を経て、1999年2月30日に国立大学教官の兼任問題についての結論が出た。

1日だけ参加できる“設計事務所”も社会人として経験を積むには、設計事務所のための活動としておすすめです。